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木質バイオマス

コラム

木質バイオマスのエコロジー経済学

2015/12/16(水)

同志社大学名誉教授(経済学)、元「炭焼きの会」顧問 室田 武

「里山」が語られる現代

 里山が盛んに語られる今日この頃であるが、私自身についていえば、幼少のころには全く聞いたことのない言葉である。幼少期どころか、大人になっても、1990年代に入るまではほとんど聞くことのなかった言葉だ。とはいえ、1983年に『雑木林の経済学』という図書を武蔵野のある出版社から刊行していただき、いま考えてみれば、里山の経済学という題にしてもよかった内容である。雑木林の広がる人間の生活空間が里山だ、といえなくもないからである。

里山の原風景と薪炭利用

 言葉についてはさておいて、北関東で祖父が元気で農業を営んでいた幼少期の我が家では、どこかへ出かけなくても、家の周りそのものが里山のミニチュアであるといってよいものであった。ただ、誰もそれを里山とは呼ばなかっただけのことである。
 そこにはクリの木が数本、カキの木が10本くらい育っていて、年によって当たりはずれがあったものの、秋ともなれば栗や柿の実の恵みがあった。庭木のなかにはモッコクのような常緑樹もあったが、紅葉する木々もあった。表庭はそんな風だったが、裏庭側にはスギの木も3本ほど高く伸びていた。冬に多かったような気がするが、枯れ枝をたくさん落とした。スギの枯れ枝は、風呂焚きの燃料の着火剤として最適で、その収集は子どもの私にも簡単にできる仕事であった。それを「山でスギの葉を拾ってくる」と称したが、家の周囲が斜面だったわけではなく、広い北関東平野の一部であった。
 幼少期の私にとって山とは、そびえ立つ山ではなく、「風呂焚きの燃料を身近に提供してくれるところ」だったのである。シイの木もあってたくさんドングリを落とした。スギの葉だけでは風呂焚きはできないが、それ以外にも庭木類の枯れ枝や剪定枝の類が沢山あったから、薪を外から購入する必要はあまりなかった。
 家の西側は小さな竹林であった。子どものころにはわからなかったが、いま思えば、冬にはそれがいわゆる‘空っ風’を緩和してくれたらしい。マダケの林で、6月には毎日の食卓が筍料理であった。竹トンボや竹馬の材料に事欠かくことはなかった。屋敷を囲む塀(くね、といったが)は、そのマダケを大量に切りそろえた自家製だった。
 初冬には家の南の日当たりのよい小区画に小麦を蒔いた。6月初旬、そこは黄金色に輝いた。小さな麦秋である。収穫後の私や妹たち子どもの楽しみは麦藁細工であった。かごを編んでイチゴを盛ると特に華やかだった。冬の麦畑は、夏にはさまざまな野菜の畑へと変身した。祖父は大家族のために稲作にも熱心であった。ただし、水田は屋敷のすぐそばからはやや離れたところにあったので、自転車が便利であった。

里山の生態学的、人類学的意味

 高度経済成長の荒波は、こうした北関東平野部の純農村のくらしを根本的に変質させた。家庭の事情についていえば、父は農業を継がず、私は高校卒業後は都市に出た。帰省するたびに、近隣の水田が次々と工業団地とサービス業の団地に転換していく様子がよく分かった。
 1970年代も終わるころになってようやく私は、雑木林の生態学的、そして人類学的意味を知り、その10年後くらいには里山という言葉にも接するようになった。最近では、全国的に里山に関する図書や論文が氾濫するようになったが、今ふりかえってみれば幼少期の私自身が、里山の機能をもつ屋敷林の中で育ったわけである。遊びも食生活も風呂焚きも、かなりの部分が里山に依存し、生活と里山は一体化していた。
 石油文明が到来して、人間生活と雑木林は切り離されるようになったが、それでよりよいくらしができるようになったか、と問えば、むしろ生活の質は低下している。里山は生物多様性の宝庫であるといわれるが、その里山なしの生活ができるようになるとともに、奥山の針葉樹林も荒廃するようになった。これには木材輸入自由化政策が関与しているが、自由化をやめられないならば、その弊害を除去する何らかの政策が必要であり、それによって国内林業を振興することが肝要である。

木質バイオマスの展開

 

 里山と奥山をともに元気にするには、木々や竹を素材と見るだけでなく、木質バイオマスとしてエネルギー利用を図ることも大切である。私が子どものころの燃料は薪炭であったが、石油文明の浸透に伴ってその消費量は激減した。しかし、木質バイオマスの利用が消滅したわけではない。
 製紙業界では、戦後しばらくすると黒液発電に取り組む工場が登場し始め、高度成長の時期に広範に普及した。洋紙はパルプからセルロースを抽出して製造するが、後にリグニンを主成分とするパルプ廃液が残る。これはれっきとした木質バイオマスだが、川や海に捨てれば恐ろしい公害を引き起こす。これを避ける方法として製紙産業自身が選択したのは、パルプ廃液を黒液という名の自家発電用の重油代替燃料として利用することであった。
 私は、1993年に『電力自由化の経済学』という本を刊行する機会を得たが、そのきっかけの一つが、その2年前の十条製紙(現在は日本製紙)石巻工場の見学であった。そこでは石炭ボイラー、重油ボイラーと並んで黒液ボイラー、バーク(樹皮)ボイラーが蒸気タービン発電のための蒸気を生みだしており、その結果、見学当時の数値として工場で使われる電力の99%が自給されていた(同上132-135頁)。
 木質バイオマスを考えるとき、この工場見学の約1年前の三重県一志郡美杉村(現・松阪市美杉町)訪問も忘れがたい。正確にいうと、美杉村上多気の個人経営の製材所・信栄木材を訪ねておが屑コージェネレーション設備を見学させていただいたのである。この設備は、当時の経営者・鈴木信夫氏が製材工程で出るおが屑から木質ガスを発生させる円筒状の装置を自作し、そのガスを小型船舶用ディーゼル・エンジンの改造版に導いて発電し、余熱も利用もするものであった。電気出力は100kW程度で、電気は所内動力用、熱は木材乾燥用の熱電併給として使われた(同上135-144頁)。残念ながら山間部での製材業の不振のあおりでこの装置はいまでは停止しているが、小規模な木質コージェネとして日本のパイオニアであったことは確かである。
 その後、2002年ころから全国各地に蒸気タービン方式の木質バイオマス発電所が増加し始めた。出力は5,000kWから1万kWを超えるものもある。燃料は工場自給の事例は少なく、産業廃棄物処理業者などから購入する一般木材(製材所や合板工場の残材など)やリサイクル木材(家屋解体材などの建築廃棄物)が主であった。

「未利用木材」の可能性

 

 2012年7月からは再生可能エネルギー電気の固定価格買取制度(制度)が導入されたが、木質バイオマス発電もこの法制度の適用対象となっている。未利用木材という聞き慣れない言葉の登場はこのころからである。ここでは詳細を述べる余裕がないが、再生可能エネルギーによる発電コストは通常の火力発電より高水準であり、木質バイオマス発電の場合、リサイクル木材発電、一般木材発電、未利用木材発電の順に高い買取価格が保証されている。2015年4月からは、未利用木材発電に関し、電気出力の規模による「別区分化」が設けられ、2,000kW以上の場合の32円/kWhに対し、2,000kW未満の場合40円/kWhとなっている。
 林業分野では、植林後の針葉樹林で森林荒廃を防ぐには間伐が不可欠とされるが、搬出のコストが高すぎれば伐採された材は林地残材として森林にとどまり、間伐材としての価値が発揮できない。そうした林地残材が未利用木材であり、それを搬出・燃料とする発電による電気が高く売れれば、森林整備に資するのではないか。そうした社会的期待を担っての高価な未利用木材発電である。さらに、その発電が小規模で地域密着型となるよう、2,000kW未満の発電に対する優遇策がとられているわけである。
 バイオマス産業社会ネットワーク編『バイオマス白書2015』によれば、2012年7月以降に稼働・建設・計画されている全国の木質バイオマス発電事業は70件にのぼっている。特に2015年度から2017年度が稼働開始ラッシュとなりそうだ。依然として大部分が出力2,000kW以上の蒸気タービン式だが、2,000kW未満のものも8件ある。これらについては、内燃機関によるコージェネ方式が多い。

輸入バイオマスの盲点

 日本における熱利用のない発電のみの木質バイオマス利用には、熱エネルギーの利用効率の低さという問題があるが、それとは次元の異なる問題もある。輸入バイオマスを燃料とする発電も一般木材発電とみなされ、一定の優遇措置がとられているのである。最近目立つのは、マレーシアやインドネシアから輸入したパームヤシ殻(PKS)を燃料とする既設の、あるいは建設中の発電所の増加傾向である。これは、技術的には木質バイオマス利用であっても、社会的には、そしてエコロジーの視点からも、国内の森林整備などとは一切無関係な事業であることに注意したい。

今、薪炭のある暮らし

 最後になったが、石油文明が隅に追いやったかのように見える薪炭についても、新しい形態での薪やその加工品の利用がようやく注目されるようになっている。熱の利用効率の高い薪ストーブの開発が進んでいるだけでなく、使い勝手の良い木質ペレットも普及してきている。いったん歴史の背景に退いた感のある木のエネルギーが、新たに木質バイオマスの名で大活躍を始めているのである。

食卓から環境にやさしいことしませんか!

2015/10/23(金)

 立命館大学地域情報研究所 教授 柴田 晃

 「かんきょう、かんきょうと鳴くアホウドリ!」そんな、環境アホウドリさえ、残念ながら絶滅危惧種になってきたかなと思えるようなこの数年です。環境政策や温暖化対策の話は、経済優先・景気浮揚政策下において、いろんな紙面から追放されたかのような印象があります。また、福島原発の事故以来、二酸化炭素削減のお話は原発反対論者との折り合いがつかないのか、どこかに飛んで行った感さえします。でも、地球温暖化の話は、見ない・見えないと言っていても、実際の洪水や山崩れのニュース等から、気候変動の波は確実に押し寄せているといっても過言ではないと思います。「今日の飯(直近のお金)」は必要ですが、将来の「子孫の飯(持続可能な自然環境保全による安定した水・食料確保)」のために、今できること(気候変動緩和活動)を最大限しておかねばならないと感じます。しかし、気候変動緩和のために「二酸化炭素削減をしろ」と言っても、普通の一般市民にとっては「今日の飯」は必要で、経済的に負担が少ない形で何をどうしたら良いのかがわかりません。要するに、お金をかけずに安定的に無理をしない方法で、二酸化炭素を削減する手法が必要です。

 そこで、今回、ご紹介する手法はバイオ炭を使った農地炭素貯留による二酸化炭素の削減手法です。これは、「カーボンマイナスプロジェクト」と私は呼んでいますが、その核心は「炭を使った農地炭素貯留による二酸化炭素削減と地域農産物の環境ブランド化を通じた地域振興」といった手法です。炭を使った農地炭素貯留による二酸化炭素削減、「なんか、ややこしくてわかりにくそう!」と思われるのは当然ですが、ちょっとだけ専門的に説明しますと、二酸化炭素の素となる炭素は、通常は有機物(例えば、植物や動物)の主要元素として地表上に存在しますが、それらを炭化して無機化するとなかなか分解しづらい形(難分解性炭素)になります。その分解して二酸化炭素になりにくい炭(国際的にはバイオ炭と呼んでいます)を農地に埋めて二酸化炭素の発生を抑える(炭素貯留)ということです。別の角度から話をすると、人類はこの数百年、石炭・石油・天然ガス等の化石燃料を地球の中から掘り出して使い続けてきたので二酸化炭素が大気中に増えたのですが、その逆のこと、つまり炭素を石炭のようなバイオ炭の形にして、地球に埋め戻すという話になります。

 ところで、この「炭を作って地球に埋め戻す話」は経済的に持続性がなければ「いい話やけど・・・・」でおしまいです。実際のところ、二酸化炭素を削減した時の削減量を価値化するカーボンクレジット(二酸化炭素削減取引)の取引市場がほとんど成立していない現状では、経済的に成り立ちません。特にバイオ炭を作り農地に埋設するにはコストがかかります。このコストを捻出するために、バイオ炭を農地に埋設した田畑で作った農作物に、二酸化炭素削減という付加価値をつけ環境保全に理解のある消費者に販売します。その販売によって、継続的に農家がバイオ炭を使って農地炭素貯留できる経済的環境を作り、バイオ炭作りから消費者までの循環の輪を作ろうとしています。


  この循環の輪ですが、物の流れを考えると、地域にあるバイオマス(剪定枝・放置竹林・未利用間伐材等)を使って、地域の人が簡易に炭を焼いて、近隣農地に埋設し、その農地でできた二酸化炭素削減農産物を地域の消費者が優先的に購入するという流れが二酸化炭素削減の見地からまた経済的にも理想的です。消費者はその野菜を優先購入することによって「食べるだけのエコ」を実現するわけです。しかし、一方、消費者にとっての価値を考えると、消費者が支払うお金に見合う価値があるのかという選別があり、一概に環境にいいから売れるのかというと、前述の「今日の飯」という話もあり、その道のりは決して甘くはありません。当然、環境保全を考える一般的消費者は優先的に高い農作物を買うのではなく、普通の価格で環境に良い農作物なら優先的に買うというだけです。だからこそ、環境保全農業という地域農業開発を含むカーボンマイナスプロジェクトでは、原則的には有機野菜だの減農薬野菜だのと言った直接的にその人に対して付加価値があるから高い値段で売る、というのは難しいと考えています。

 さて、本題に入って、「福井県における炭の農業利用の可能性」ですが、「炭の農業利用」は、「炭を使った農作物」に対する消費者市場の有無がポイントです。つまり、買ってもらえる消費者がいるかどうかです。福井県の場合だけでなく、消費者がすぐにその付加価値を理解しにくい「炭を使った農作物」の販売は非常に難しいと言えます。ですから、環境保全に敏感な消費者、炭を使うと有機野菜・減農薬野菜になると漠然と信じている消費者(注1)に対する適切な情報提供と(単なる売場でなく)買場提供が、重要な要件となります。それゆえに、炭の農業利用可能性を追求するにあたり、消費者に対し説得力のある地域ブランドの創出が持続可能な「炭の農業利用」のためには非常に重要です。
  このカーボンマイナスプロジェクトを推進し、自立した環境保全地域ブランド化するには、ちょっと難しく言えば、自然環境保全・社会性・経済性の要素の中でのバランス、つまり、地域ごとの最適な組み合わせが求められます。その地域の持つ強味の先鋭化と弱みの最小化ということです。具体的には、「炭を使った農作物」に対する消費者納得ストーリー作りが必要になります。福井〇〇地域カーボンマイナスプロジェクトを行うとして、他所に比しての福井県の優位性(特異性)は何でしょうか? 炭の製造から農作物商品の販売までの過程での優位性は他県・他所に対してはほとんどないというのが実感です。そこで、敢えて優位性を確立するために、地域環境適応ブランドにおける環境という話と地域という話、およびそれらの消費者納得ストーリー作りを考えましょう。

注1:一部の消費者には、炭を使うと安全な農作物になるという誤解はありますが、科学的には直接の因果関係はないと思います。

 

引用元:「亀岡カーボンマイナスプロジェクト」Webサイト

「木づかい」のすすめ

2015/10/14(水)

樹木医・自然再生士 籔内昭男

 我が国は森林国といわれ、国土の約7割が森林に覆われています。森林総合研究所の試算によれば、日本全国の森林全体に貯えられている炭素量は約65億トン、うち樹木中に11億トン、森林土壌中には54億トンにもなります。また炭素固定能力はスギ林でhaあたり年間1〜3炭素トン、広葉樹林で同じく1炭素トンあるといわれています。日本の一世帯あたりの年間二酸化炭素排出量から計算すると、福井県内の森林約31万haで毎年30万〜50万世帯が排出する二酸化炭素を吸収し固定していることになります。
 この森林の持つ炭素固定能力を持続的に発揮させるためには、森林そのものを破壊しないことはもちろんですが、森林の状態を健全に保つことも重要です。間伐などの森林整備は森林組合などのプロにお任せするとして、私たち一般市民が取り組める事例として、積極的に木を使うことが挙げられます。成長が旺盛な森林ほど炭素吸収力は大きくなるので、樹木を計画的に伐採して利用することによって若く成長旺盛な森林を維持することができます。そして生産された木材をできるだけ長期間使うことは、炭素を同じ期間固定することになります。
 例えば内装に木材を使用すれば炭素を固定し続け、さらには室内の湿度調整にも役立ちますし、気分もリラックスするのでお薦めです。建築用材としての木材利用においてもCLT(直交集成板)などの新しい技術が開発導入されつつあり、木造建築においても在来工法、ツーバイフォー工法に加え、新しい工法として期待されています。

 さて、身近なところでも薪ストーブやペレットストーブなど木質燃料を利用する機器を設置する家庭も増えてきました。主な燃料が昭和30年代後半から40年代にかけて木炭や薪などの木質燃料から石油、プロパンガスといった化石燃料へ急激に変化してから数十年経ちますが、地球温暖化防止や東日本大震災の教訓から木質燃料を見直そうという動きが徐々に大きくなってきました。非常に喜ばしいことなのですが、実際に取り組もうとすれば薪の入手性がよく問題となります。
 昔は、薪などはすべて自給自足だったと思われるかもしれませんが、自前の山を持たない都市部などでは当然購入していました。現在の薪ストーブオーナーの中にも、自分の山を持っている人から都会住まいの人までいろんな方がいます。
 薪の入手についても、自宅まで配達を希望する人もいれば、丸太の玉切りや薪割りなどできることは自分でするという人など様々です。オーナーが自ら行う場合は、自分自身の労賃や運搬経費は節約できますから、時間と技術があれば非常に安価で入手できることになります。とはいっても、森林の所有者にとって見ず知らずの他人を自分の山に入れるのは抵抗がありますし、安全面からも誰でもできるというものではありません。
 これに対し、森林組合や民間の薪販売店などは、薪を生産・販売することを事業としてやっているわけですから、経費(職員の人件費や機械の維持、償却費も含め)をかけても見合う利益がなければやらないのは当然でしょうし、ある程度の価格になるのはやむを得ないことです。
 現在、街で見かける薪は太い丸太を割ったものがほとんどです。私自身、それを普通だと思っていたのですが、太い丸太は伐倒するにもその後の運搬や薪割りにも高度な技術と機械力が必要となり、結局プロでないと難しいということになります。
 以前の一般的な薪炭林では10年〜25年程度といった早い周期で伐採を繰り返していました。直径10cm程度の材であれば、格段に取扱が容易になります。また萌芽更新といって切り株からのひこばえは成長も速く、薪炭に適したまっすぐの幹となります。萌芽能力は加齢や大径化により減少しますから、10年~25年程度で伐採を繰り返すことは樹木の持つ能力を最大限に利用する理にかなったものでした。そして、森林内に多様な環境が併存することになり生物多様性も保たれていました。こうした薪炭林を改めて評価し復活させていくことは、木材に対する理解を広め、需要拡大につなげるために意味があるのではないでしょうか。
 薪の供給方法についても、①宅配、②決まった場所に完成品の薪をストック、③玉切り丸太の状態で販売し薪割りは購入者が行う、④用材の伐採搬出は森林組合などのプロが行うが伐採跡地に残った雑木や末木は日を決めて希望者に開放するなど様々なレベルの選択肢が考えられます。行政や森林組合、NPOやNGOなどの公的・準公的機関は、その調整力・信用力・技術力を活かして森林所有者と市民・消費者との橋渡しをする役目を担っていただき、情報交換、相互理解を進めながら取り組んでいくことが必要でしょう。
 また、現状での木材生産は植林されたスギが主体です。薪はコナラなどの広葉樹がよいとされていますが、よく乾燥していれば針葉樹は火付きはよいので、火持ちは悪いですが、消費者も生産者も、最初から広葉樹はよくてスギはだめと決めつけるのではなく、樹種の性質によって使い分ける努力、見方を変えて「樹種の違いを楽しむ」ことも必要になると思います。
 山の木々を普通に利用していた頃の農山村民俗や植物方言についての書物からは、いかに当時の人々が多種多様な植物の性質にあった利用をしていたことを知ることができます。玄翁の柄には粘り強いムラサキシキブがよいとか、ツツジ科のネジキという木は薪を囲炉裏にくべても煙たいばかりだとか、そこから名付けられた方言名も数多くありますし、木炭にも様々な用途があってそれぞれ適した樹種があり、樹木が人々の暮らしにいかに密接なものであったか再認識させられます。私たちが今その時代に戻ることはできませんが、昔の知恵を学びながら無理をせず「楽しく木を使って」いこうではありませんか。

 

炭やきについてよくある5つの質問

2015/10/14(水)

国際炭やき協力会 事務局長 広若剛


 国際炭やき協力会の広若です。私は25年以上、炭を軸にして国内、海外を回って来ました。炭はこれからの時代、もっともっと必要とされると思うのですが、最近は巷で炭に触れる機会も減ったためか、炭に関するまっとうな理解が減ってきているように感じます。そこで今回、よく聞かれる質問について答えながら、炭のこれからに迫って行きたいと思います。

 

1.「炭やきは日本独自の文化なんでしょう?」

 炭といえば日本人ならば茶道に使うお茶炭、うなぎや焼き鳥に使う紀州備長炭、またレトロな火鉢などをすぐに思い浮かべることでしょう。そのイメージから炭は日本特有のものであると思い込んでいる方が時々いらっしゃいます。しかし、実際のところ炭はおよそ木のある所ならどこでもやかれていて、その地域伝統のやき方・使い方が存在します。世界170か国以上で木炭はやかれており、FAOの統計に出ているだけでも年間生産量は7,000万トン以上になります。最大生産国のブラジルでは年間800万トン以上がやかれ、シュラスコ料理や自国の鉄鋼産業に使われています。日本もかつては年間200万トン以上をやいていた時代がありましたが、現在の生産量は年間3万トンですので、世界の生産量の1%にもなりません。
 しかし、だからといって日本が炭やき小国なのかといえばそうではなく、素材をその性質と用途に合わせて炭にやく技術は日本がトップレベルだと言って過言ではないでしょう。
 用途別のやき方ということで一例をあげると、福井県に住んでおられるみなさんならおそらくご存知の研磨炭がありますね。漆器や銅板などを磨くための炭ですが、これはある一定の堅さが求められ、原料となる樹種やそれを炭にやく時の状態なども特定のものでなくてはなりません(細かい話はどうぞ県内の本職の方に伺って下さい)。それらに関する技術的ノウハウが、漆をはじめとする日本の文化と密接に絡み合って発展し、受け継がれてきているのです。
 もちろん、はじめに述べたクヌギの木から作るお茶炭も、菊の花のような美しい放射線状の割れ目とぴったりくっついた縮緬肌の樹皮、しかもお茶席の途中で立ち消えせずに、馥郁たる香りを漂わせながら高貴な雰囲気を演出するための独特のやき方が今でも受け継がれています。また、備長炭はうなぎをやく時など、やけてくるにしたがって落ちる油が真っ赤な炭の表面でジュっと燃焼し、炭の燃焼パフォーマンスは一定のまま、一本でも灰になるまで遠赤外線、近赤外線を発しながら長時間燃え続ける、世界でも類を見ない最高級の燃料です。
 よく炭のことで海外に出かける時、この備長炭とお茶炭を持って行くのですが、炭に関わっている人なら、それを見て日本の炭やき技術の高度さについてすぐに理解してくれます。時々備長炭を「これは絶対石炭だろう!」と認めてくれない(特にインド人!)もいますが。
 また、昭和30年代にその技術が確立され、全国に普及している岩手窯は窯の構造、操作法とも大変合理的にできていて、なぜ天井はこんな形なのか、平面図はなぜ馬蹄形なのか、煙突はなぜこんな構造なのか、煙の操作はなぜ各ステージ毎にそうしなければならないのかなどシンプルでどこでも通用するノウハウが詰まっています。こういう窯を作ってこういう操作をすればいい炭がやける、という因果関係が誰にでもわかるというのも日本の炭やきならではのものです。

 

2.「炭にやく樹種は決まってるんでしょう?」

 本当に思っているのかどうかは分かりませんが、炭の講習会に行くと必ずこうやって聞かれます。たぶん「いやそうじゃないんです。何でも炭になるんですよ。」という答えを期待しているんじゃないかと思いますが、その通りで、もちろん燃料用として火力が強く火持ちの良い炭をやきたいというのであればナラ・カシが最高ということになりますし、先のお茶炭のように外観までこだわるのならクヌギ、そしてもちろん研磨炭なら二ホンアブラギリやホオノキということになります。
しかし、例えば土壌改良用の炭をやきたいというのなら、材料は選びません。枯れた竹とか庭の剪定枝など燃料には向かないものでもしっかり中まで炭化してさえいれば十分なのです。さらに樹皮や枝葉などもミネラルが豊富に含まれているため燃料用の炭には不向きでも土壌改良用なら逆にメリットがあります。つまり、どこにでも炭にできる材料は豊富にある、というわけです。

 

 

3.「炭やきって難しいからちゃんと修行しないとできないんでしょう?」

 これも半分は本当です。特に先ほどから述べている備長炭、お茶炭、研磨炭などはその用途に応じた質の高さが求められますので、一定期間師匠のもとで技術習得に励むことが必須となります。
 しかし、土壌改良用や床下調湿用、空気浄化用などそれほど質の問われない、しかも細かく砕いて使うことが前提の炭なら、350度以上の温度で熱分解(=炭化)されていれば十分使えますので、技術は特に必要ありません。消し炭程度のもので十分です。自分で使うBBQ用の炭をドラム缶窯でやく、という場合も一度しっかりと方法を学べばあとは温度計片手に自分でやけるようになります。でも毎回少しずつ出来が違うのが炭やきの奥深さです。だからすごく簡単♪というわけではないのですが、それがまた炭やきの楽しみでもあります。
 ちなみに私はこれまでいろんな国で日本式の炭やきを伝えて来ましたが、相手が真面目に楽しく技術を習得してくれる人たちならどんな民族でも本窯を作るところからしっかり焼き上げるまで2回ほど一緒にやれば、十分立派な燃料用の炭をやくことができるようになる、と確信しています。全ての作業にはなぜそうでなければならないかの理論があり、それをわかりやすく伝えながら一緒に作業することで日本文化を伝える気持ちにもなっていく、とても楽しい仕事です。

 

4.「炭やきってやっぱり温暖化を促進しちゃうんでしょう?」

 もっと進んで「炭やきは樹木を伐採するわけだから自然破壊だし、それを燃やして煙を出すんだから当然温暖化にもなるのよね。」と喧嘩を吹っかけてくる方も時々いらっしゃいます。自然破壊の方は別の論点なのですが、しっかりと理論武装をしておかないと「だから人間が何もしないのが一番いいんだ。」という恐ろしく後ろ向きな話になってしまいますので、丁寧に説明しておきましょう。
 まずは自然破壊になるかどうか。木によっては寿命が長く、数百年生きる木もありますが、特に大気汚染や酸性雨で樹木の生息環境が厳しくなっている現在、多くの樹木は寿命を全うする前に数十年程度で立ち枯れするものが多くなっています。人間と同じようにはじめは新陳代謝も活発で病気にも負けないのですが、だんだん勢いが衰えてくると、自然界の分解能力が勝って来て、土に還ろうとするのです。
 そのまま土に還してももちろん豊かな森林土壌の形成に寄与するわけで好ましいのですが、このいずれ枯れてしまう木々をちょっと早めに伐採して新しい芽を出せば森林全体が若々しい状態で維持することができます。また、若木の芽や葉っぱを好む小動物もいますので、森林全体が古くなると、それらの小動物が生息できなくなってしまいます。ですので、数十年生の樹木の伐採を伴う炭やきが自然破壊になるというのは間違った思い込みであるということがいえます。
 では、温暖化はどうでしょうか?樹木を炭にやくと樹木の中の約半分の炭素が炭として残り、燃やされない限りは大気中に放出されることはありません。しかし、先ほど述べたように、樹木の立ち枯れが多くみられる昨今、伐採しないで放置しておくといずれ微生物等によって分解され、すべての炭素は炭酸ガスとなって放出されてしまいます。ですから、炭として固定することで、温暖化ガスの半分を閉じ込めておくことができるわけです。
 でも、燃やしてしまったら何もならないのでは?という疑問もあります。では何も熱源なしに生活するか、というと人間は調理や生活のために何らかの熱源を必要とします。もちろんソーラークッカーなどで太陽をそのまま熱源とすることができれば理想ですが、これを生活の全てで活用するのは難しく、やはり何らかの燃えるものが必要となります。
 もし、薪や炭などを燃やさなければその代わりに石油やガスなどを使うはずです。これらの化石資源は地下から取り出してきたもので、時間をかけて固定された炭素の塊です。これらをもう一度地上に出して放出することは、大気中の炭素量を増やすことになりますので、温暖化防止のためにはできるだけ避けたいのです。
 ですので、どうせ燃料を使うならカーボンニュートラル(使っても大気中の炭素量に影響を与えない、という意味)のバイオマス燃料を使うべき、という結論になります。炭もバイオマス燃料の一種ですから、化石燃料を燃やすよりも温暖化の進行を食い止める手助けになる、ということがいえるわけです。それもできれば近場でやかれた炭を使って輸送にかかる化石燃料も節約すればもっと望ましいでしょう。この場合の炭は本窯でしっかりやかれたナラ・カシの炭が最高です。

 では次にナラ・カシなどの樹木以外でどれだけの炭が現在製炭可能なのか。農水省の統計などからおおざっぱにまとめてみました。
1.国内の未利用木質バイオマス 2,500万m (都市・建築廃材は含まず)
2.放置竹林で年間発生する竹 2,500万トン
3.わら等 900万トン が毎年放置されるか焼却処理されています。

1.を炭にすると 1mから100㎏できるとして250万トン
2.は歩留り20%として 500万トン
3.は歩留り10%として 90万トン
合計 840万トンの炭ができる計算になります。
 この炭の中の炭素は炭素率80%とすると672万トンCであり、これをCO2に換算すると672万トン×44/12=2,464万トンCO2つまり、日本の年間排出量=11億トンCO2の約2%が固定できることになります。
 ちなみに米国は未利用バイオマスの炭化で総排出量の3割が固定可能と言われています。この数字はカーボンニュートラルを超えてさらにカーボンネガティブ(大気中の炭酸ガスを固定して出さないようにする、という意味)の場合で、ではこの炭をどこに入れるのかと言うと、クルベジの稿で柴田先生が書かれている農地あるいは森林土壌に施用するのが最も現実的でしょう。もっとも森林土壌に炭を施用すると、樹木の勢いが活発になり、立ち枯れが減ってしまうので、先に述べた前提が一部崩れるかもしれませんが、それは嬉しい悲鳴ということで。
 ですから、全国至るところで上記の材料を炭化し、それらを弱っている森林土壌や農地に入れることで実質的に温暖化を抑制できることになるのです。すばらしいと思いませんか?

 

5.「何で炭やきなんかやってるんですか?」

 はっきり言って失礼というか余計なお世話というか、質問する人の品性を疑う言葉ではあります。しかし、いつもこれは自分にも問うていかねばならないことだと思っていますので、面倒でもその時の思いをしっかり伝えようとしています。で、何で?
もちろん、1のところで書いたように日本の炭やき技術はとっても合理的にできているのでいったんわかれば、学校を出ていないような人でも、丁寧に説明しながら一緒に作業すると良い炭がやけるようになること、その成長過程を共有できる感動、という楽しさがあります。また、4で書いたように、炭で温暖化抑制ができるという期待もあります。
 また、私は炭やきの煙の香りが大好きで、炭化ステージに応じて変わっていく香りが漂う空間は、最高に贅沢な場所です。おそらく私のDNAにそういった記憶が深く刻まれているのかもしれません。また、炭やきの研修会の時に必ず焚火をしますが、ほんの数十年前までは当たり前にどこでもあった生の火を目にする機会がめっきり減り、こんな素晴らしいものを見ないで人生を終わる人たちがいるということがもったいなくてしょうがないわけです(ちょっと言い過ぎですが)。
炭やきは炭材の準備さえ終えればあとはたっぷり時間があります。大勢でやれば準備は早く終わりますので、今や非日常になってしまった生火をそのあいた時間にじっくりと眺めてもらいたいのです。焚火を見つめることは少し大げさに言えば太古の記憶の中に生きるということ、人が動物として感じるべき本能的なものを取り戻すということです。森に入り、仲間たちと一緒に汗をかき、火を焚いて、おいしいご飯と飲み物をいただきながら、炭窯から出てくる煙に満ちた空間の中に身を浸す。頭でっかちでない、本来の身体性を取り戻す場として福井でも炭やきのイベントをやってもらえればと思います。
 ちなみに一度私のイベントに参加した人はもう同じ質問をすることはありません。自分でやってみれば何で炭やきをやるのかでなく、何で炭やきをやらないのか?という質問を他の人にするようになるからです。だって、非日常の体験の後は空気浄化や水質浄化、湿度調整、土壌改良など何にでも使える優れもののおみやげ=炭を持って帰ることまでできるんですから。

 

 

 

 

 

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