炭やきについてよくある5つの質問
2015/10/14(水)
国際炭やき協力会 事務局長 広若剛
国際炭やき協力会の広若です。私は25年以上、炭を軸にして国内、海外を回って来ました。炭はこれからの時代、もっともっと必要とされると思うのですが、最近は巷で炭に触れる機会も減ったためか、炭に関するまっとうな理解が減ってきているように感じます。そこで今回、よく聞かれる質問について答えながら、炭のこれからに迫って行きたいと思います。
1.「炭やきは日本独自の文化なんでしょう?」
炭といえば日本人ならば茶道に使うお茶炭、うなぎや焼き鳥に使う紀州備長炭、またレトロな火鉢などをすぐに思い浮かべることでしょう。そのイメージから炭は日本特有のものであると思い込んでいる方が時々いらっしゃいます。しかし、実際のところ炭はおよそ木のある所ならどこでもやかれていて、その地域伝統のやき方・使い方が存在します。世界170か国以上で木炭はやかれており、FAOの統計に出ているだけでも年間生産量は7,000万トン以上になります。最大生産国のブラジルでは年間800万トン以上がやかれ、シュラスコ料理や自国の鉄鋼産業に使われています。日本もかつては年間200万トン以上をやいていた時代がありましたが、現在の生産量は年間3万トンですので、世界の生産量の1%にもなりません。
しかし、だからといって日本が炭やき小国なのかといえばそうではなく、素材をその性質と用途に合わせて炭にやく技術は日本がトップレベルだと言って過言ではないでしょう。
用途別のやき方ということで一例をあげると、福井県に住んでおられるみなさんならおそらくご存知の研磨炭がありますね。漆器や銅板などを磨くための炭ですが、これはある一定の堅さが求められ、原料となる樹種やそれを炭にやく時の状態なども特定のものでなくてはなりません(細かい話はどうぞ県内の本職の方に伺って下さい)。それらに関する技術的ノウハウが、漆をはじめとする日本の文化と密接に絡み合って発展し、受け継がれてきているのです。
もちろん、はじめに述べたクヌギの木から作るお茶炭も、菊の花のような美しい放射線状の割れ目とぴったりくっついた縮緬肌の樹皮、しかもお茶席の途中で立ち消えせずに、馥郁たる香りを漂わせながら高貴な雰囲気を演出するための独特のやき方が今でも受け継がれています。また、備長炭はうなぎをやく時など、やけてくるにしたがって落ちる油が真っ赤な炭の表面でジュっと燃焼し、炭の燃焼パフォーマンスは一定のまま、一本でも灰になるまで遠赤外線、近赤外線を発しながら長時間燃え続ける、世界でも類を見ない最高級の燃料です。
よく炭のことで海外に出かける時、この備長炭とお茶炭を持って行くのですが、炭に関わっている人なら、それを見て日本の炭やき技術の高度さについてすぐに理解してくれます。時々備長炭を「これは絶対石炭だろう!」と認めてくれない(特にインド人!)もいますが。
また、昭和30年代にその技術が確立され、全国に普及している岩手窯は窯の構造、操作法とも大変合理的にできていて、なぜ天井はこんな形なのか、平面図はなぜ馬蹄形なのか、煙突はなぜこんな構造なのか、煙の操作はなぜ各ステージ毎にそうしなければならないのかなどシンプルでどこでも通用するノウハウが詰まっています。こういう窯を作ってこういう操作をすればいい炭がやける、という因果関係が誰にでもわかるというのも日本の炭やきならではのものです。

2.「炭にやく樹種は決まってるんでしょう?」
本当に思っているのかどうかは分かりませんが、炭の講習会に行くと必ずこうやって聞かれます。たぶん「いやそうじゃないんです。何でも炭になるんですよ。」という答えを期待しているんじゃないかと思いますが、その通りで、もちろん燃料用として火力が強く火持ちの良い炭をやきたいというのであればナラ・カシが最高ということになりますし、先のお茶炭のように外観までこだわるのならクヌギ、そしてもちろん研磨炭なら二ホンアブラギリやホオノキということになります。
しかし、例えば土壌改良用の炭をやきたいというのなら、材料は選びません。枯れた竹とか庭の剪定枝など燃料には向かないものでもしっかり中まで炭化してさえいれば十分なのです。さらに樹皮や枝葉などもミネラルが豊富に含まれているため燃料用の炭には不向きでも土壌改良用なら逆にメリットがあります。つまり、どこにでも炭にできる材料は豊富にある、というわけです。

3.「炭やきって難しいからちゃんと修行しないとできないんでしょう?」
これも半分は本当です。特に先ほどから述べている備長炭、お茶炭、研磨炭などはその用途に応じた質の高さが求められますので、一定期間師匠のもとで技術習得に励むことが必須となります。
しかし、土壌改良用や床下調湿用、空気浄化用などそれほど質の問われない、しかも細かく砕いて使うことが前提の炭なら、350度以上の温度で熱分解(=炭化)されていれば十分使えますので、技術は特に必要ありません。消し炭程度のもので十分です。自分で使うBBQ用の炭をドラム缶窯でやく、という場合も一度しっかりと方法を学べばあとは温度計片手に自分でやけるようになります。でも毎回少しずつ出来が違うのが炭やきの奥深さです。だからすごく簡単♪というわけではないのですが、それがまた炭やきの楽しみでもあります。
ちなみに私はこれまでいろんな国で日本式の炭やきを伝えて来ましたが、相手が真面目に楽しく技術を習得してくれる人たちならどんな民族でも本窯を作るところからしっかり焼き上げるまで2回ほど一緒にやれば、十分立派な燃料用の炭をやくことができるようになる、と確信しています。全ての作業にはなぜそうでなければならないかの理論があり、それをわかりやすく伝えながら一緒に作業することで日本文化を伝える気持ちにもなっていく、とても楽しい仕事です。

4.「炭やきってやっぱり温暖化を促進しちゃうんでしょう?」
もっと進んで「炭やきは樹木を伐採するわけだから自然破壊だし、それを燃やして煙を出すんだから当然温暖化にもなるのよね。」と喧嘩を吹っかけてくる方も時々いらっしゃいます。自然破壊の方は別の論点なのですが、しっかりと理論武装をしておかないと「だから人間が何もしないのが一番いいんだ。」という恐ろしく後ろ向きな話になってしまいますので、丁寧に説明しておきましょう。
まずは自然破壊になるかどうか。木によっては寿命が長く、数百年生きる木もありますが、特に大気汚染や酸性雨で樹木の生息環境が厳しくなっている現在、多くの樹木は寿命を全うする前に数十年程度で立ち枯れするものが多くなっています。人間と同じようにはじめは新陳代謝も活発で病気にも負けないのですが、だんだん勢いが衰えてくると、自然界の分解能力が勝って来て、土に還ろうとするのです。
そのまま土に還してももちろん豊かな森林土壌の形成に寄与するわけで好ましいのですが、このいずれ枯れてしまう木々をちょっと早めに伐採して新しい芽を出せば森林全体が若々しい状態で維持することができます。また、若木の芽や葉っぱを好む小動物もいますので、森林全体が古くなると、それらの小動物が生息できなくなってしまいます。ですので、数十年生の樹木の伐採を伴う炭やきが自然破壊になるというのは間違った思い込みであるということがいえます。
では、温暖化はどうでしょうか?樹木を炭にやくと樹木の中の約半分の炭素が炭として残り、燃やされない限りは大気中に放出されることはありません。しかし、先ほど述べたように、樹木の立ち枯れが多くみられる昨今、伐採しないで放置しておくといずれ微生物等によって分解され、すべての炭素は炭酸ガスとなって放出されてしまいます。ですから、炭として固定することで、温暖化ガスの半分を閉じ込めておくことができるわけです。
でも、燃やしてしまったら何もならないのでは?という疑問もあります。では何も熱源なしに生活するか、というと人間は調理や生活のために何らかの熱源を必要とします。もちろんソーラークッカーなどで太陽をそのまま熱源とすることができれば理想ですが、これを生活の全てで活用するのは難しく、やはり何らかの燃えるものが必要となります。
もし、薪や炭などを燃やさなければその代わりに石油やガスなどを使うはずです。これらの化石資源は地下から取り出してきたもので、時間をかけて固定された炭素の塊です。これらをもう一度地上に出して放出することは、大気中の炭素量を増やすことになりますので、温暖化防止のためにはできるだけ避けたいのです。
ですので、どうせ燃料を使うならカーボンニュートラル(使っても大気中の炭素量に影響を与えない、という意味)のバイオマス燃料を使うべき、という結論になります。炭もバイオマス燃料の一種ですから、化石燃料を燃やすよりも温暖化の進行を食い止める手助けになる、ということがいえるわけです。それもできれば近場でやかれた炭を使って輸送にかかる化石燃料も節約すればもっと望ましいでしょう。この場合の炭は本窯でしっかりやかれたナラ・カシの炭が最高です。
では次にナラ・カシなどの樹木以外でどれだけの炭が現在製炭可能なのか。農水省の統計などからおおざっぱにまとめてみました。
1.国内の未利用木質バイオマス 2,500万m3 (都市・建築廃材は含まず)
2.放置竹林で年間発生する竹 2,500万トン
3.わら等 900万トン が毎年放置されるか焼却処理されています。
1.を炭にすると 1m3から100㎏できるとして250万トン
2.は歩留り20%として 500万トン
3.は歩留り10%として 90万トン
合計 840万トンの炭ができる計算になります。
この炭の中の炭素は炭素率80%とすると672万トンCであり、これをCO2に換算すると672万トン×44/12=2,464万トンCO2つまり、日本の年間排出量=11億トンCO2の約2%が固定できることになります。
ちなみに米国は未利用バイオマスの炭化で総排出量の3割が固定可能と言われています。この数字はカーボンニュートラルを超えてさらにカーボンネガティブ(大気中の炭酸ガスを固定して出さないようにする、という意味)の場合で、ではこの炭をどこに入れるのかと言うと、クルベジの稿で柴田先生が書かれている農地あるいは森林土壌に施用するのが最も現実的でしょう。もっとも森林土壌に炭を施用すると、樹木の勢いが活発になり、立ち枯れが減ってしまうので、先に述べた前提が一部崩れるかもしれませんが、それは嬉しい悲鳴ということで。
ですから、全国至るところで上記の材料を炭化し、それらを弱っている森林土壌や農地に入れることで実質的に温暖化を抑制できることになるのです。すばらしいと思いませんか?

5.「何で炭やきなんかやってるんですか?」
はっきり言って失礼というか余計なお世話というか、質問する人の品性を疑う言葉ではあります。しかし、いつもこれは自分にも問うていかねばならないことだと思っていますので、面倒でもその時の思いをしっかり伝えようとしています。で、何で?
もちろん、1のところで書いたように日本の炭やき技術はとっても合理的にできているのでいったんわかれば、学校を出ていないような人でも、丁寧に説明しながら一緒に作業すると良い炭がやけるようになること、その成長過程を共有できる感動、という楽しさがあります。また、4で書いたように、炭で温暖化抑制ができるという期待もあります。
また、私は炭やきの煙の香りが大好きで、炭化ステージに応じて変わっていく香りが漂う空間は、最高に贅沢な場所です。おそらく私のDNAにそういった記憶が深く刻まれているのかもしれません。また、炭やきの研修会の時に必ず焚火をしますが、ほんの数十年前までは当たり前にどこでもあった生の火を目にする機会がめっきり減り、こんな素晴らしいものを見ないで人生を終わる人たちがいるということがもったいなくてしょうがないわけです(ちょっと言い過ぎですが)。
炭やきは炭材の準備さえ終えればあとはたっぷり時間があります。大勢でやれば準備は早く終わりますので、今や非日常になってしまった生火をそのあいた時間にじっくりと眺めてもらいたいのです。焚火を見つめることは少し大げさに言えば太古の記憶の中に生きるということ、人が動物として感じるべき本能的なものを取り戻すということです。森に入り、仲間たちと一緒に汗をかき、火を焚いて、おいしいご飯と飲み物をいただきながら、炭窯から出てくる煙に満ちた空間の中に身を浸す。頭でっかちでない、本来の身体性を取り戻す場として福井でも炭やきのイベントをやってもらえればと思います。
ちなみに一度私のイベントに参加した人はもう同じ質問をすることはありません。自分でやってみれば何で炭やきをやるのかでなく、何で炭やきをやらないのか?という質問を他の人にするようになるからです。だって、非日常の体験の後は空気浄化や水質浄化、湿度調整、土壌改良など何にでも使える優れもののおみやげ=炭を持って帰ることまでできるんですから。