樹木医・自然再生士 籔内昭男
我が国は森林国といわれ、国土の約7割が森林に覆われています。森林総合研究所の試算によれば、日本全国の森林全体に貯えられている炭素量は約65億トン、うち樹木中に11億トン、森林土壌中には54億トンにもなります。また炭素固定能力はスギ林でhaあたり年間1〜3炭素トン、広葉樹林で同じく1炭素トンあるといわれています。日本の一世帯あたりの年間二酸化炭素排出量から計算すると、福井県内の森林約31万haで毎年30万〜50万世帯が排出する二酸化炭素を吸収し固定していることになります。
この森林の持つ炭素固定能力を持続的に発揮させるためには、森林そのものを破壊しないことはもちろんですが、森林の状態を健全に保つことも重要です。間伐などの森林整備は森林組合などのプロにお任せするとして、私たち一般市民が取り組める事例として、積極的に木を使うことが挙げられます。成長が旺盛な森林ほど炭素吸収力は大きくなるので、樹木を計画的に伐採して利用することによって若く成長旺盛な森林を維持することができます。そして生産された木材をできるだけ長期間使うことは、炭素を同じ期間固定することになります。
例えば内装に木材を使用すれば炭素を固定し続け、さらには室内の湿度調整にも役立ちますし、気分もリラックスするのでお薦めです。建築用材としての木材利用においてもCLT(直交集成板)などの新しい技術が開発導入されつつあり、木造建築においても在来工法、ツーバイフォー工法に加え、新しい工法として期待されています。





さて、身近なところでも薪ストーブやペレットストーブなど木質燃料を利用する機器を設置する家庭も増えてきました。主な燃料が昭和30年代後半から40年代にかけて木炭や薪などの木質燃料から石油、プロパンガスといった化石燃料へ急激に変化してから数十年経ちますが、地球温暖化防止や東日本大震災の教訓から木質燃料を見直そうという動きが徐々に大きくなってきました。非常に喜ばしいことなのですが、実際に取り組もうとすれば薪の入手性がよく問題となります。
昔は、薪などはすべて自給自足だったと思われるかもしれませんが、自前の山を持たない都市部などでは当然購入していました。現在の薪ストーブオーナーの中にも、自分の山を持っている人から都会住まいの人までいろんな方がいます。
薪の入手についても、自宅まで配達を希望する人もいれば、丸太の玉切りや薪割りなどできることは自分でするという人など様々です。オーナーが自ら行う場合は、自分自身の労賃や運搬経費は節約できますから、時間と技術があれば非常に安価で入手できることになります。とはいっても、森林の所有者にとって見ず知らずの他人を自分の山に入れるのは抵抗がありますし、安全面からも誰でもできるというものではありません。
これに対し、森林組合や民間の薪販売店などは、薪を生産・販売することを事業としてやっているわけですから、経費(職員の人件費や機械の維持、償却費も含め)をかけても見合う利益がなければやらないのは当然でしょうし、ある程度の価格になるのはやむを得ないことです。
現在、街で見かける薪は太い丸太を割ったものがほとんどです。私自身、それを普通だと思っていたのですが、太い丸太は伐倒するにもその後の運搬や薪割りにも高度な技術と機械力が必要となり、結局プロでないと難しいということになります。
以前の一般的な薪炭林では10年〜25年程度といった早い周期で伐採を繰り返していました。直径10cm程度の材であれば、格段に取扱が容易になります。また萌芽更新といって切り株からのひこばえは成長も速く、薪炭に適したまっすぐの幹となります。萌芽能力は加齢や大径化により減少しますから、10年~25年程度で伐採を繰り返すことは樹木の持つ能力を最大限に利用する理にかなったものでした。そして、森林内に多様な環境が併存することになり生物多様性も保たれていました。こうした薪炭林を改めて評価し復活させていくことは、木材に対する理解を広め、需要拡大につなげるために意味があるのではないでしょうか。
薪の供給方法についても、①宅配、②決まった場所に完成品の薪をストック、③玉切り丸太の状態で販売し薪割りは購入者が行う、④用材の伐採搬出は森林組合などのプロが行うが伐採跡地に残った雑木や末木は日を決めて希望者に開放するなど様々なレベルの選択肢が考えられます。行政や森林組合、NPOやNGOなどの公的・準公的機関は、その調整力・信用力・技術力を活かして森林所有者と市民・消費者との橋渡しをする役目を担っていただき、情報交換、相互理解を進めながら取り組んでいくことが必要でしょう。
また、現状での木材生産は植林されたスギが主体です。薪はコナラなどの広葉樹がよいとされていますが、よく乾燥していれば針葉樹は火付きはよいので、火持ちは悪いですが、消費者も生産者も、最初から広葉樹はよくてスギはだめと決めつけるのではなく、樹種の性質によって使い分ける努力、見方を変えて「樹種の違いを楽しむ」ことも必要になると思います。
山の木々を普通に利用していた頃の農山村民俗や植物方言についての書物からは、いかに当時の人々が多種多様な植物の性質にあった利用をしていたことを知ることができます。玄翁の柄には粘り強いムラサキシキブがよいとか、ツツジ科のネジキという木は薪を囲炉裏にくべても煙たいばかりだとか、そこから名付けられた方言名も数多くありますし、木炭にも様々な用途があってそれぞれ適した樹種があり、樹木が人々の暮らしにいかに密接なものであったか再認識させられます。私たちが今その時代に戻ることはできませんが、昔の知恵を学びながら無理をせず「楽しく木を使って」いこうではありませんか。
